弐千七年参月八日
前世物語 弐
15 :自夜[]:2007/03/08(木) 00:01:37 ID:e4atIfb90
前世物語 第二部乱世編 第十五話 果酒 その二
見た目はすっかり周囲と変わらない。住んでいた当人達ですら、次に行っ
ても判らないかもしれない。
新しい小屋の間取りはそれまでの小屋と大差ない。いや、寝所が二つになっ
た。私がそれだけ成長したからだという。
その割に、一日の終わりの沐浴は一緒にする。沐浴と言っても湯ではない。
水汲みの小川に行って裸になり躰を拭く。冬の間は沸かした湯に浸した布
で躰を拭く。
その日も小屋に戻り、読み書きの稽古、素振り、打ち込みの後、おにちゃ
と小川に行く。
流れる水での沐浴は気持ちがいい。たいした水量ではないが、躰が水に浮
き、流される感じが好きだ。
雪解けの水は冷たいが、浸かってるとすぐ慣れる。水から揚がり、乾いた
布で躰を擦ると後で躰の奥から温もりが出てくる。冬の間は熱い布で擦っ
ている間は気持ちいいが、その後、寒くなる。
躰を拭いていると、おにちゃが珍しくしげしげと眺めて言った。
「胸はまだ子供だな」
つづく
前世物語 弐
16 :自夜[]:2007/03/08(木) 00:04:42 ID:e4atIfb90
前世物語 第二部乱世編 第十五話 果酒 その三
おにちゃを蹴飛ばし、水に叩き込んだ後、小屋に戻り、夕餉の支度をする。
鍋に季節の菜と雑穀を入れ、煮込んだ後に鹿の乾肉の細切れを入れる。
それに、蕪の塩漬け、豆を炒ったもの、雑魚の白砂乾がつく。
質素な献立だが、おにちゃに拾われたころよりは食材はうんと種類が増え
た。酒も付く。秋の間に採った木の実で造った酒。おにちゃはこの果酒が
お気に入りだ。
母が語ったことを思い出しながら作った果酒。最初の年は惨憺たる物で、
全部酢になった。次の年は黴にやられた。三年目に初めて飲めるものが出
来たが、美味しいものではなかった。四年目からは、その年の果酒が残っ
ている間はおにちゃは果酒を選んだ。木の実の種類によっては果酒は淡い
琥珀色になり、どす黒い血の色になった。血の色の果酒は長持ちしないの
で、まずこの果酒から出す。果酒は小瓶に入れ、升に注いで飲む。
囲炉裏の両側に座り、いただきますをした後、おにちゃは呑み始める。
私は鍋から椀に煮込みを注ぎ、それを食べながら飲む。
私は明日の話がいつでるかと、おにちゃの顔を伺うが、おにちゃは知って
かしらずか、ただ静かに呑み続ける。
第十六話へつづく
前世物語 弐
33 :自夜[]:2007/03/08(木) 10:20:53 ID:e4atIfb90
さて、新スレです。ちょっと立ち上げにもたつきましたが
旧スレはまだレス数は千に逝ってませんが、容量が超過しそうなので、早々に引っ越しです
まぁ、従来どおりやっていきますんで、お気楽にお楽しみ下さい
Web Site の方も、ここんとこ更新が頻繁ですが、笑えるネタを提供出来てるんではないかと、
自分では思っているんですがねぇ。どうでしょう
さて、どうせ調べて自慢げに書込みたがる方が出てくるでしょうから手間をはぶけるよう
晒しておきます。別にどうってことないもんですけどね
inetnum: 203.125.128.0 - 203.125.255.255
netname: SINGNET-SG
descr: Singapore Telecommunications Ltd
descr: SingNet Pte Ltd
country: SG
ほいじゃ、ご自由にご歓談下さい
前世物語 弐
35 :自夜[]:2007/03/08(木) 16:39:46 ID:e4atIfb90
皆さんはテレビ、映画を見たことがあるでしょうか
いずれも、影像を、さもそこにあるように写すからくりです
これが、前回の問いの答です
某漫画に登場したスカウターとか軍用機のヘッドアップディスプレーをご存じでしょうか
スイッチのオンオフで、あるいは情報のあるなしで、顕れたり消えたりします
目前のスクリーンではなく、網膜に直接投影して見せる装置の研究開発も進められています
実際にそこにあり、見えているものに加えて、そこにはないものが見えたり消えたりする
しかしこれは目の外から情報を与えるものであり、見えているものはそこにはないけれども見せるための
なんらかの仕掛けがそこにあります
さて、晴れた日など、そらを見上げた時に、なんだか半透明の糸くずみたいなのがふらふらしているのを
見たことがあるでしょうか
これは、目の中の小さな塵みたいなのが網膜付近をうろついているのを見ているのです
理屈を知れば、なぁんだですが、空に何かがあって、しかも目をそちらに向けると逃げていくいやなやつっ
て風に見えませんか?
ある種の目の病気にかかると、目の中の塵が増えます。病気でなくても増えることがあります
塵が増えるともやもやが増えます。このような症状を飛蚊症といいます。そこにはいない蚊が飛んでいる
ように見えるということですね
つまり、ないものを見るというのは医学的には珍しくないことです
ないものが見えるというと、すぐ総合失調症とか言いたがる人が多いですが、そういう人こそ何かの
失調症ではないかと思うのは、私だけでしょうか
前世物語 弐
36 :自夜[]:2007/03/08(木) 16:42:44 ID:e4atIfb90
前世物語 第二部乱世編 第十六話 街道 その一
私は食べ終えた。
「いただきました」
おにちゃはまだ呑んでいる。顎で促す。私は升を差し出し、おにちゃが果
酒を注ぐ。
「せめて、両の手を添えんか、まるで男だ」
「生まれはともかく、育ちが育ちなんでね」
そう言えば、足も胡座だ。正座するのは、書の時くらい。おにちゃも日頃
は何も言わない。
「明日はそれを着て貰おう」
おにちゃはまた顎で指した。着物。町娘の着るような淡いながらも明るい
模様。晴れ着ではない。普段に着る服。
「拙者も明日は町人になろう」
いつも、里に出る時は私は百姓娘の姿になる。おにちゃは殆どさむらい姿
だが、百姓や町人に化ける時もある。
「今少し立ち振る舞いがよければ、いや、かなりよければ武家の娘になっ
てもらうところだが、今のままでは町娘にもなれん」
つづく
前世物語 弐
37 :自夜[]:2007/03/08(木) 16:45:13 ID:e4atIfb90
前世物語 第二部乱世編 第十六話 街道 その二
私は果酒をぐいと呑み、升を床に置いた。そして正座に座り直す。
「いささか失礼ではございませんか。わたくしは、やれとおっしゃられば、
如何様にもして差し上げましょうぞ」
おにちゃは一瞬目を丸くして私を見たが、すぐ目を逸らし、升に口をつけ
た。
「されど、武家の娘ともなると独りで町を歩くのは、いささか不自然。お
供の一人とも付けねばなりますまい。だれぞ、いませぬか。そこらのま
しらでも連れて参りましょうか」
おにちゃが堪らず吹き出した。おにちゃが笑うのは珍しい。
「やはり、明日は拙者が町人になろう」
「なんで」
私は足を崩してふくれる。
「言葉そのものは、まぁよい。だが、書物からでのみ憶えた言葉だ。実際
の話し方と異なる」
「町娘の話し方も知らないよ」
「遠国から来たとでも言えばいい」
つづく
前世物語 弐
38 :自夜[]:2007/03/08(木) 16:47:45 ID:e4atIfb90
前世物語 第二部乱世編 第十六話 街道 その三
最初に独りで寝た時は怖かった。前の、またその前の小屋でもおにちゃが
帰らない日があり、母の夢を思い出したりして、自分の肩を抱いて丸くなっ
て寝た。
この小屋に越してきて、ずっと独りだ。最近では怖くはない。仕切のほん
の先にはおにちゃが寝ている。
でも、今まですぐ側にあった大きな背中がないのは、何か虚ろな気がする。
今度の山は梟が多い。梟の鳴き声に耳を傾けているうちに眠りにはいる。
そんな毎日。
翌朝早くに小屋を出る。
おにちゃも私も町人の姿。町までは七八里というところ。村を避けて通り
たいところだ。が、野良仕事の百姓に見られると、かえって不審がられる。
さも、物見遊山帰りの町人の振りをして、脇街道を行く。
おにちゃは背筋を伸ばして堂々と歩く。さむらい歩きのままだ。人の言葉
遣いにはやかましいくせに、自分のことは判っていない。
何度か諭すが、すぐに戻ってしまう。
途中の村で持参の乾肉を代償に昼餉を摂り、日が高いうちに町に着いた。
第十七話へつづく
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