弐千七年五月拾六日


前世物語 弐
811 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/16(水) 08:33:17 ID:QgPJ7t9t0
 >>809さん
 相変わらず、人(?)を追い込むのがうまいな〜 編集者向きだと思います
 
 >>711で予告の件は、今宵あたりからなんとか始めたいと思いますが、はたして>>809さん
 のお口に合いますかどうか・・・・・・

前世物語 弐
813 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/16(水) 23:43:37 ID:QgPJ7t9t0
 妖怪志願 第壱話 その壱
 
 春の柔らかな日差しが長雨の時を越え、攻撃的な姿を見せる。
 それでも木々は光を受け取れることに喜び、物言えぬ躰で歓喜を顕す。
 水と、光と、そして大地に祝福され、木々は山全体に広がり、その懐に雑
 多な生き物を棲まわす。
 木々の葉の並の下では、栗鼠共が忙しげに木を登り降りし、猪共が沼田場
 で躰を清めているであろう。だが、この岩の上からはその様子は見えない。
 見渡す限りの緑。その山々をその獣は頂の岩の上から見回していた。
 その獣はこの辺りの山々の王者。彼女に逆らう獣はいない。
 丸まるとした胴、短い四肢、目の下の黒い毛、恐ろしい形相ではない。
 むしろ、愛嬌のある顔立ちであろう。ただ、その愛らしい顔から長く突き
 出た吻から、古代の犬の形態をよく残した鋭い牙が覗いている。
 彼女の名はない。その山の獣たちや郷の人々は、古代から人を喰らうとし
 て恐れられていた彼女の物の怪になる前の生物を示す言葉、狢とだけ呼ぶ。
 狢はこの緑の山々に満足していた。自分の支配する山々に満足していた。
 適度に季節が変わり、塒さえ確保していれば、凍え死ぬような冬はこない
 し、灼熱の日で乾ききる夏も来ない。
 
 つづく

前世物語 弐
814 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/16(水) 23:46:28 ID:QgPJ7t9t0
 妖怪志願 第壱話 その弐
 
 この山々の美しさはどうだろう。この山々の瑞々しさはどうだろう。生き
 物に満ちあふれ、活力のある山々。狢は誇りに思う。
 もう何百年も生き、何度か住処を替えた。支那や印度にも行ってみたが、
 この山々ほどすばらしい場所はなかった。
 ただ、惜しむらくは人間共の所業はこの地でも変わらない。
 喰うために捕ったり採ったり、これは許そう。毛皮、これもまあ許そう。
 連中は自前の毛皮を持っていない。冬が厳しければあっさり死んでしまう
 ひ弱な躰。むしろ哀れにさえ思おう。また、連中は木を切る。塒を作るた
 めならどうってことはない。獣たちだって似たようなことをやってる。
 だが、連中は田畑を広げるため山を切り開き、水の流れを変え、獣たちの
 住処を奪う。たまたま田畑に迷い込んだ獣を田畑を荒らすものとして、容
 赦なく殺す。ふざけるな。そこは元々獣たちの土地だ。
 あまつさえ、自分たち同士の喧嘩のために、山に火を放ち、自ら作った田
 畑まで荒らして同族を困らせても平気な顔をしている。
 一方で、狢は人間の知恵は気に入っていた。あれほど感情が豊かで知恵が
 回り、工夫をし、家族を愛し、勤勉な獣はいない。
 
 つづく

前世物語 弐
815 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/16(水) 23:50:16 ID:QgPJ7t9t0
 妖怪志願 第壱話 その参
 
 しかし、どうしてあの連中は寄り集まると莫迦なことを繰り返すのだろう。
 狢の知る何百年も人間は同じ事を繰り返している。
 なぜ、他の獣のように生きれない。他の獣のように野山に生きれば、その
 数が極端に増えることはない。数が増えなければ、野山より効率よく自分
 たちだけの食料を得る田畑を作る必要はない。ましてや、その田畑の取り
 合いで、同族同士で殺し合うこともない。
 狢と人間の関わりは、彼女が物の怪になる前の普通の狢だったころまで遡
 る。
 その年の遅い春、狢は秋になれば結ばれるはずの雄に死なれた。喰らうた
 めか、毛皮のためか、それは定かではない。人間に殺られた。這々に逃げ
 帰った仲間の雄が伝えてくれた。
 若き狢はその山に一本ある山桜の下にしゃがみこみ、桜を見上げ、物思い
 にふけった。生きることの意味。死ぬことの意味。何日も何日も考え、そ
 して答えは出なかった。
 齢を重ね、他の獣が狢を避けるようになり、狢は人を喰らい、妖かしの術
 を使う物の怪になったことを悟った。
 
 第弐話につづく



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