狢の妖怪談義


第四回 妖怪「しぃまんしっぷ」



シーマンシップ

例え重要な仕事中であっても遭難者がいれば救助に向かう
海の男達の無言の了解

ある日、私の乗った作業船はタグボートに引かれ、インド洋を横断中であった
そこへ飛び込んでくる国際救難信号
問い合わせるとタンカーの火災事故らしい
タグボートより連絡
「ワレ救助ニ向カウ、曳航索切リ離サレタシ」
おいおい、こちらは非自航船だぞ、漂流しろというのか
しかし、曳航したままではとても救助には間に合わない
近くには他の船舶はいない。無慈悲にも切り離される曳航索
これで会合できなきゃ、こっちが遭難だ
この時はまだこんな冗談をいう余裕があった
低気圧が発達しながら徐々に本船に向かっていた
タグボートと別れて三日目、うねりが大きくなってきた
全長八十メートルはある作業船を波の頂に押し上げ、谷に突き落とす
その時恐れていたことが起こった。がつんと作業船を揺らし、
主発電機が停止した。真っ暗になる船内。すぐに非常用発電機が起動し、
非常灯がつく。ベアリングがやられたらしい、洋上での復旧は絶望
もう一台の主発電機の起動にかかる。もともと調子が悪かったやつだ
なかなか起動しない。起動用圧縮空気の圧力が下がり、ついに起動用
エアモーターを回す最低圧力を切った
幸い非常用発電機は快調に回り、最低限の照明、すなわち非常灯と
無線機の電源は確保された
糧食冷蔵庫は?造水装置は?空調は?そんなものを動かす電力を賄う
ほど、非常用発電機は大きくない
タンカー火災はコーストガードが駆けつけたこともあり、一息ついた
とのこと。タグは全速で本船に向かうという
ETA(予測到着時刻)は明後日
波は更に大きくなり、風も吹き出した
タグボートと会合する日の早朝には雨も降り出した
「ワレ低気圧回避ノ為、ETA一日延期」
タグボートからの無線。そしてその日の午後再びタグボートからの無線
「ワレ、ヒーブツー」
ヒーブツー、波浪に飲み込まれないように波に対して舳先を向ける操船法
事実上の航行困難である
そして、その日、ハンドポンプで汲み出していた清水タンクから水が出なくなった
サウンディング(タンク内の細い管を使って水位を調べる方法)してみると、僅か
だが清水は残っている。あと、四五日は持ちそうだ。ただ、清水を汲み出すために
マンホールを開けなければならない。マンホールを開けるとデッキを洗っている
波がタンクに入る
冷蔵庫のものは既に使えない。冷凍庫の中のものも溶け出している
「いよいよメーデーですね」
トトトトートートートトト。SOSは既に1992年に使命を終えている
メーデーの語源はm'aidez、フランス語。意味は Help me.
メーデーを発信しながら、我々はやけくそでまだ無事な肉をガス切断用
のバーナーで焼き夕食とした。塩胡椒は使わない。喉が渇く

中略(疲れた)

このような体験をした私だが、やっぱり只なので
遭難するなら海の方がいい

おしまい

注釈:狢さんが「海で遭難と山で遭難はどっちかマシ?」スレにうぷされたものです
   え”っ、妖怪話じゃない? 私は気にしません

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第五回 妖怪「ねずみーらんど」に逝く


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狢 屋 敷に逝く さぁ、妖かしの世界へ逝こうか
前世物語に逝く 心が健全なもんはやめとった方がええ

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