弐千八年正月拾六日


幽霊は本当にいるのか36(いないのか)
198 :自夜[]:2008/01/16(水) 20:50:41 ID:623BVfEr0
 >>190の肯定的懐疑論者さん
 シャルロット・コルデという女性は1793年7月17日に断頭台で処刑されましたが、
 躰から離れた頭部の頬を刑吏が打ったところ、怒りで顔色が変わったと伝えられています
 
 アントワーヌ・ラボアジエという化学反応における「質量保存の法則」を確立した化学者
 ですが、彼の使用人が断頭台で処刑されたとき、ラボアジエがその首を拾い上げて、
 「聞こえてるなら、瞬きせんかい」と言ったところ、使用人が何回か瞬きをしたという
 話もあります
 ラボアジエ自身も1794年に断頭台で処刑されましたが、彼は「意識のある限り瞬きするけんね」
 と言って処刑され、約二十秒間瞬きしたとか
 
 一番有名なのは、医師ボーリューの記録ですかね
 1905年6月28日にヘンリ・ランギーユという人が断頭台で処刑されたんですが、
 その首の観察記録を付けてます
 それによると、首が切り落とされて数秒は瞼と唇が痙攣したが、すぐ通常の死に顔になった
 その後、ボーリューが大声でランギーユに呼びかけると、ランギーユの瞼がゆっくり開き、
 ボーリューを見据えたとのことです
 二回目の呼びかけにも瞼を開いたが、三回目の呼びかけにはこたえなかったとか

幽霊は本当にいるのか36(いないのか)
199 :自夜[]:2008/01/16(水) 20:52:31 ID:623BVfEr0
 つづき
 
 一方、1836年に断頭台で処刑されたラスネールという人は、「おいも瞬きするけんね」
 と言って死にはりましたが、何の反応も見せない根性なしだったようです
 
 1879年に断頭台で処刑されたモンスワール・プルニエという人は、切り落とされた首に
 三人の医師から、殴る蹴るの暴行・・・じゃなかった、呼びかけ、針刺し、アンモニアを
 嗅がせる、硝酸や蝋燭を目に当てるなどの実験をされましたが、プルニエの首はただ驚愕
 の表情だけだったとか
 
 一方、首のほうはすぐに死んだものの、体のほうは約二十分、暴れていたなどの話もあり、
 人間もなかなか鶏に負けてはいないなと思ったりもします
 もっとも、首を切られて十八ヶ月生きた鶏もいますんで、ちょっとかなわないかな
 
 そういうわけで、皆さんも、交通事故なんかで切断された首を見かけたら、新鮮なうちに
 ぜひ話しかけてみましょう

幽霊は本当にいるのか36(いないのか)
208 :自夜[]:2008/01/16(水) 22:16:33 ID:623BVfEr0
 >>206の肯定的懐疑論者さん
 通称ギロチン博士こと、ジョゼフ・ギヨタン博士(Dr. Joseph-Ignace Guillotin)は、
 1814年に細菌感染症でお亡くなりになってます
 彼は医師ですが、学位は芸術分野だったと思います
 ギロチンで処刑されたというのはもちろん真っ赤な嘘ですが、なぜそのような
 話になったのかはよくわかりません
 死刑囚の大量生産に貢献したマクシミリアン・ロベスピエールという政治家が
 最後にはギロチンで処刑されたことと混同されてしまったのかもしれません
 
 ちなみに、機械式断頭台の使用を議会に提案して採用されたのは事実ですが、
 彼はギロチンの発明者ではありません
 彼が議会で提案した1789年には、ギロチンの原型とも言える断頭台は既にイギリス
 等で使用されており、ギロチンはこれらを改良したものです
 ちなみに改良設計を行った人は外科医のアントワヌ・ルイさんです
 
 一般には人道的処刑方法、すなわち受刑者の苦痛のない処刑方法の提案と言われたり
 しますが、あくまでそれまでの処刑に比べて苦痛が少ない処刑方法です
 むしろ、苦痛の軽減より、公平な処刑が提案の主目的だったのかもしれません
 (首切役人に賄賂を贈らないと、それはそれは悲惨なことになったりしていましたから)



前の日に逝く
次の日に逝く

ほげたらもどる

2007-2008 (c) Copyleft MUJINA