弐千七年拾月壱日


幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
910 :自夜[]:2007/10/01(月) 16:04:12 ID:cJB5B1XE0
 どっちかっていうと、明治維新から大東亜戦争敗戦までの方が神道にとっては異常な時代だと私は認識してますです

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
925 :自夜[]:2007/10/01(月) 17:52:07 ID:cJB5B1XE0
 ほとを露わに踊る女神さんがいたり、ちんちん見せると喜ぶ女神さんがいたり、
 エロチックな神話があることは事実ですが、
 出産や月経など女性特有のことにかんしては穢れとして、むしろ神道では忌避する対象です
 
 確かに安産の神様とかはいますが、そういう神社のご神体は元々の神様でなく、人間が神様になったものです
 (もし、元々の神様がそういう神様だという例があれば、是非教えて下さい)
 
 話がずれすぎているので、ちょっとだけ戻しますが、幽霊さんも汚れですから神道では忌避する対象です
 鳥居や注連縄はそういう穢れが神域に入らないようにするためのものですが、
 実際には何の役にも立っていません
 このことから、神道といえども、幽霊(や、その他の穢れ)の本質は判っていなかったと私は推察しています

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
933 :自夜[]:2007/10/01(月) 18:46:51 ID:cJB5B1XE0
 >>926さん
 神道では祖先の魂は祭事の対象ではありませんよ
 魂は等しく黄泉の国に逝き、時々何かの間違いでこっちにくることもありますが、それは穢れでしかありえません
 
 荒ぶる神は神であり、魂ではありません
 後の世に荒ぶる神と同等に扱われる人間もいますが、ずっとずっと後世のことで、本来神道は人を祀るものではありません

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
937 :自夜[]:2007/10/01(月) 18:50:35 ID:cJB5B1XE0
 >>928さん
 所謂神憑りが重視されていた時代もありますが、これもかなり後の世、弥生時代からぐらいですかね
 本来の神道は神のお告げを聞いて生活の指針にするものではなく、神そのものを祀るものです

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
939 :自夜[]:2007/10/01(月) 18:52:24 ID:cJB5B1XE0
 >>936さん
 そうそう、はらたまきよたま
 しかし、これはこれ自体に意味があることではなく、神を祀るための準備行為でしかありません

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
949 :自夜[]:2007/10/01(月) 19:44:31 ID:cJB5B1XE0
 >>945さん
 伊弊諾命は多分に個人的事情、すなわち伊弊持命を黄泉に封じ込めるために千引大岩
 を置いた訳ですが、元はと言えば、伊弊持命を黄泉から連れ出そうとしたのは伊弊諾命
 本柱ですから、自業自得と言えますが、死者を蘇らせるようなことは忌避すべきだという
 説話として神話に組み込まれたものと私は考えています
 あの時、伊弊諾命が振り返りさえしなければ、伊弊持命は黄泉から脱出することも可能
 だったわけで、伊弊諾命・伊弊持命の時代以前にそのような事例があったのかもしれません
 だからこそ、伊弊諾命は特に啓示を受けることなく、伊弊持命を黄泉に迎えに逝くことを
 決意したとも考えられるわけです
 もっとも、この話自体は素盞嗚尊の誕生譚、そして彼が荒ぶる神である理由付けのために
 挿入されたとも考えられます
 なぜなら、素盞嗚尊が母である伊弊持命を慕って暴れたことになっていますが、素盞嗚尊自体は
 黄泉から這々の体で逃げ帰った伊弊諾命が禊ぎを行う過程で生まれた神で、伊弊持命は母ではないからです
 ここで私が素盞嗚尊を重要視するのは、この神が神として初めて人間界に直接関わりをもったことは言うまでもないことかな
 
 このように、記紀に記されている神話はそれ自体多くの矛盾をかかえていますが、記紀がそれまでの多くの
 文献を集大成する形で編纂されていることから無理からぬことですし、記紀からより古い時代の神道を見いだすのはなかなか
 困難な作業です
 第一、記紀は神道の教典ではありませんからね
 
 蛇足ですが、私が日本書紀の方の漢字を使用しているのは特に意味がありません
 片仮名表記でも別に構わないと思います(記紀においては漢字は単なる記号ですから)

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
956 :自夜[]:2007/10/01(月) 20:30:33 ID:cJB5B1XE0
 >>951さん
 お盆になると、祖先の霊が戻ってきて、とかいうのをやってる仏教は日本だけですけどね
 もともとは古来の風習を長老がやらなくなった(やれなくなった)からお寺がやっているだけです
 
 坊主も喰っていかなければならないという経済的事情の方が大きいでしょうけど
 (そう言う意味では神社がやってる結婚式や七五三も同じ穴の狢ですけどね)

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
957 :自夜[]:2007/10/01(月) 20:34:07 ID:cJB5B1XE0
 >>955さん
 どっかの宗教が幽霊の本質を捉えている可能性は否定できないわけですが、
 少なくとも神道や日本の仏教は幽霊の本質は捉えていないという主旨で私は書き込んでいます
 捉えていないからそのへんを探っても無駄だという議論自体は無駄じゃないと思いますけど

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
965 :自夜[]:2007/10/01(月) 21:12:09 ID:cJB5B1XE0
 >>958さん
 >お盆以外のは、どうですか?
 概ね葬式以降はそうだと思っていいんじゃないですかね
 お彼岸はその典型でしょう
 
 元々仏教というのは解脱=狭義の成仏が目的で、死者を弔うことは仏教としてはしなかった訳ですからね
 釈迦尊御本人もお墓(のようなもの)が出来たのは入滅後五百年くらいたってからじゃなかったですかね

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
966 :自夜[]:2007/10/01(月) 21:15:10 ID:cJB5B1XE0
 >>961さん
 ?
 本当のことを知っている人から本当のことを聞いた
 本当のことかどうかを確かめるという作業は必要でしょうが、それは本当のことでしょう

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
973 :自夜[]:2007/10/01(月) 21:51:59 ID:cJB5B1XE0
 そう言う宗教があれば、っていう仮定の話が何故に通じないのか、不思議

幽霊は本当にいるのか23(いないのか)
979 :自夜[]:2007/10/01(月) 22:04:33 ID:cJB5B1XE0
 >>976の里中さん
 いいねぇ、ある意味、悟った人は
 私の周りには不思議がいっぱい



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