弐千七年五月弐拾九日
前世物語 弐
938 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/29(火) 07:47:11 ID:w5WSmaTi0
妖怪志願 第九話 その壱
狢は鼻をひくつかせる。
「なんや、人間の匂いや。それも侍の匂いや」
気が付くと、狢はあの集落の近くまで来ていた。
集落は、焼け野原と変わっていた。土まんじゅうも無残に壊され、暴かれ
ている。焼け野原には侍が何人か。
「やつら、山狩りでもするつもりか」
ここで一暴れしてもいいが、結局その場しのぎの快楽でしかない。
狢は踵を返し、棲処に戻る。
途中、棲処を取り囲むように要所要所に術を施す。獣も人間も、術を施し
た場所に近づくと、感覚を惑わされて同じ処をぐるぐる彷徨う羽目になる。
「これで棲処には近づけんやろう。やつらとは、関わり合いにならんのが
一番や」
狢が棲処に戻る頃にはすっかり暗くなっていた。棲処を偽装するために植
えた木々。一見、岩山の懐に密生した木々、棲処の入り口でもある。
狢が苗木から育て、何年も、何十年もかけて狢の意のままに動くように育
てた木々。それでも木々の心を狢は読み取ることが出来ない。
つづく
前世物語 弐
939 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/29(火) 07:50:07 ID:w5WSmaTi0
妖怪志願 第九話 その弐
「所詮、獣と草木や。分かり合えるのは無理っちゅうことか」
木々の心は読めないが、木々は狢に逆らおうとはしない。それで充分だと
狢は思う。
狢の目を何かが捉える。
「なんや、こりゃ」
木々の端、ほぼ岩肌に接する辺りにこんもりとした盛り上がり。昼間の娘
であった。
ちょうど、木と木の間が躰を休める窪みを与えている。娘は昨夜の逃亡か
らの疲れが溜まっていたのか、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「結界を張る前に潜り込んだか」
おそらく娘はここが狢様の棲処とは気付いていないだろう。
「おまえら、この娘を守る気か?」
木々は、素知らぬふりで葉をそよそよと揺らす。
「わしは知らんぞ。おまえらが勝手にしたことやからな」
狢は小言を言いながら、入り口と思しき方に進む。木々の幹がしなりと動
き、洞穴への入り口を開ける。
つづく
前世物語 弐
940 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/29(火) 07:52:16 ID:w5WSmaTi0
妖怪志願 第九話 その参
「まったくなんちゅうこっちゃい」
寝床についても狢の怒りは治まらない。
確かにこの棲処の近くにいれば安全だ。夜、獣達に襲われる心配はない。
思い起こせば、狢がどの頂にいても娘はやってきた。娘には獣達の気配を
感じる能力があるのだろう。獣達の気配が少ない方、獣達の気配がしない
方に進んで狢を探り当てた。そして、同じ事をして自分の塒を探り当てた。
加えて、つい先ほど、山狩りの手からも守る術を結果的に狢自身がかけた。
狢にはそのことが我慢ならない。と言って、結界を解く訳にはいかない。
娘は狢の棲処の辺りを自分の塒と決めたようだ。狢にとっては迷惑な話だ。
狢が外に出る場合、まず外の様子を探り、娘の気配を探り、そしてこそこ
そと棲処を出る必要がある。
娘は獣を捕ることを覚え、その肉を喰らうようになった。
山狩りの侍の気配が消え、狢が結界をようやく解くことが出来るようになっ
た頃、季節は実りの秋を迎え、他の獣達が冬に備えて喰らいまくるのと同
じように、娘は逞しくなった。
そんな秋のある日、狢はとある頂の岩の上に大狢に化けて居た。
第拾話につづく
前世物語 弐
941 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/29(火) 07:55:58 ID:w5WSmaTi0
妖怪志願 第拾話 その壱
娘が下草を掻き分けて、狢の背後に現れる。
「狢様。ご無沙汰しております」
狢は振り返りもしない。
この娘は、まさかわざわざ険しい山を登って会いに来た相手が、自分の塒
である木々に守られた内側に棲んでいるなど思いもしないのだろう。
「ようやく獣のように、獣を捕らえ、血を啜り、肝を囓り、肉を喰らうよ
うになれました。このまま山で暮らしておれば・・・」
「無駄なことや」
狢は冷たく言い放つ。見ていなくても、娘の顔が曇るのが判る。
「そがいなことしてたって、物の怪にはなれん」
狢が振り返り、娘の目を刺すように見る。その恐ろしい形相に、娘の膝頭
が震える。
「獣になれたんなら、獣として生きればええ」
娘が拳を握る。俯いた顔に無念の表情が浮かぶ。
「判ったなら、去ね」
娘は頭を下げ踵を返しとぼとぼ戻る。その背中を狢は冷ややかに見ていた。
つづく
前世物語 弐
942 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/29(火) 07:57:57 ID:w5WSmaTi0
妖怪志願 第拾話 その弐
その後、娘の態度が変わった。塒にしゃがみ込んだまま、物思いに耽るこ
とが多くなった。
狢は益々外出に困難を生じるようになったが、もうじきの辛抱や、もうじ
き諦めて山を降りるやろうと自分に言い聞かせた。
やがて、山に白い粉が舞い散り、本格的な冬が訪れようとしていた。
娘はまだ狢の棲処の辺りを塒としていたが、このころになると、遠出でも
しているのか、二三日戻らないことが度々あった。
娘が見えないと、気になる狢であったが、木々の間に丸くなり、落ち葉の
布団の中で寝息を立てる娘を見つけては安堵することが続いた。
「なんじゃい、おまえらは。いつもは冬になれば裸になるくせに」
まるで、娘を雪から守るように、低い枝から娘の上に青々した葉さえ茂ら
せている。
そして、全ての色が無くなる冬が来た。
相変わらず、木々は娘を白い魔物から守っている。狢は面白くない。
ある、雪のやんだ日、娘が出かけるのを狢は二階の木々の隙間から見た。
狢は暫く逡巡したが、やがて階下へ降りた。
つづく
前世物語 弐
943 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/29(火) 08:00:20 ID:w5WSmaTi0
妖怪志願 第拾話 その参
「こら、開けんかい。このわしに逆らう気か」
出入り口の処に狢は来たが、木々は動こうとしない。こんなことは初めて
だった。木々は狢より娘を選ぶというのか。
「安心せい、ただ見るだけや。どうこうしようとは思っとらん」
木々はしぶしぶと動き、狢のために出口を作った。
狢は白兎に化け、娘が漕いだ雪の谷間を追った。
人間が雪を漕ぎながら進む速さなどたかが知れている。そう思っていた狢
だが、走っても走っても追いつかない。
いつの間にか、午の刻が過ぎ、いつの間にか、冬の早い夕暮れが訪れよう
としていた。
「こりゃ、はぐれたかな」
いや、この漕いだ雪の跡はまだ新しい。狢はまた走った。尾根を越え、谷
を越えて走った。そしていくつ目かの尾根を越えて、ようやく娘が見えた。
娘は谷沿いに雪を漕ぎ進む。周りは灰色一色。娘の先には雪が少しだけ盛
り上がっている。
「そう言えば、この辺りは人間がよく通る峠道やな」
第拾壱話につづく
前世物語 弐
944 :自夜 ZB070193.ppp.dion.ne.jp[]:2007/05/29(火) 08:32:09 ID:w5WSmaTi0
え〜っと、業務連絡になります
なんとかこのスレで終わりそうな雰囲気で連載の方も進行してますが、もし、スレの
方が先に終わってしまったら、>>1にある避難所の方で残りをうぷすることになると
思います
次スレを立てるとしたら、同じく避難所と、Web Site の方で連絡します
自夜と狢さんの関係については、避難所の>>163で狢さんが解説(?)してますので、
そちらをご参照下さいです
>99 197さん
前世話になるのかな?
このスレも、もうじき終わりますんで、つづきがあるのであれば、避難所の方を使って
頂いてもかまいませんし、私の Web Site の掲示板なり苦情箱なりメールで連絡して
もらえれば、Web Site の方でうぷさせていただきます。よろしければ、ですけど
(苦情箱がいいのかな。メアド入れなくてもいいし、他人は直接は見れませんから)
ちなみに、私のメアドは、 ojiya1539@gmail.com です
ほいじゃ、残りも少ないですが、ご歓談ください
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